日々の生活

第82回大曲の花火

今年の大曲の大イベントが終わりました。

雨模様に中、大曲にお出での皆さんは寒くて大変だったろうと思います。風邪をひきませんでしたか?。
高齢者や子供のことが心配でした。
昨年までの4年間は天気が良かったので、今年はどうかと思っていました。その前の3年間は雨でしたので、この8年間は4勝4敗です。
天気、景気のせいでしょうか、観客数は65万人と大きく減りました。
今後が少し心配です。

さて、雨の中での競技ですが、昨年より尺玉は完成度がアップしてましたし、創造花火も個性的で良かったと思います。
終了後、花火師さんに表敬訪問し、感謝の言葉を述べさせていただきました。
次の日表彰式で審査発表がありました。
結果については、それぞれいろいろな考えがあると思います。審査の難しさを感じた次第です。

来年に向けてですが、大曲の花火を愛する方々、悪天候の中、来場下さり本当にありがとうございました。
今後、より以上感動し、安全安心な花火競技会をと努力したいと思っておりますので大曲の花火をどうぞよろしくお願いいたします。

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大仙市の無形民俗文化財である角間川盆踊りに行って来ました。この盆踊りは関ケ原の戦いで敗れ、能登半島から土崎港を経て角間川に定住した黒丸一族が伝えたと言われています。
明治末期に入り踊りも廃れたが、江戸歌舞伎の初代市川佐団次の高弟であった藤田正八氏が幼少のころに踊ったのを思い出しながら町民に教え、再現したのが現在に伝わっている。
踊り手のさす手、引く手が優雅で素晴らしい。
只、踊り手200人と多くなく少し残念であったが、途中お囃子の舞台に小学生の生徒が登場、笛や太鼓を上手に演奏。
是非とも若い方々が、大仙市無形民俗文化財を継承していただきたいものです。

斎宮

2年ぶりに伊勢神宮に行って参りました。
今回も外宮、内宮を参拝する旅でしたが、前から気になっていた場所がありました。
私の名字は賢木ですが全国では珍しい名前です。
同じ姓があるのかネットで調べたところ、源氏物語の第10帖に賢木の名が出てきます。その中で斎宮の御下向の文があり斎宮を知りました。
伊勢と松阪の中間にある明和町に斎宮跡があります。
斎宮とは、天皇が即位するたびに選ばれて伊勢神宮に仕えた斎王(いつきのひめみこ)の宮殿と彼女に仕えた官人たちの役所である斎宮寮を指す言葉です。
斎王は、未婚の内親王や女王から占いで定められ、宮中の初斎院や野宮などで足掛け3年間の潔斎生活の後、斎宮に旅立った。
7世紀後半に天武天皇により定めれた斎宮制度は660年間続き、14世紀半ば、南北朝時代に姿を消したとの事です。
訪れた日は気温35度。
東西2キロ、南北0.7キロの遺跡は広く 豊鍬入姫から後醍醐天皇時の祥子氏までの歴代斎王が暮らした土地は静かでゆっくり時間が流れていました。

北東北広域連携inいわて

盛岡市のアイーナで開催された「連携塾inいわて」は、熱気溢れる会議でした。
テーマは「地域づくり、体験学習、食育」、参加者は北東北で食に関りのある女性。
5グループ分かれての意見交換会は活発でした。
北東北の元気の良い女性100人のネットワークは凄い。
このABAネットの立役者は弘前のTさん、Sさん、鯵ヶ沢のMさん、鹿角のYさん、西和賀町のNさんをはじめとする3県の女性達です。
組織の強さ、質の良さはリーダーと事務局によって決まります。
今後、このネットの会員が増え、北東北の元気を全国発信出来る事を期待します。

盛和塾

横浜で開催された盛和塾25周年記念、全国大会に行ってきました。
この会は京セラ最高顧問の稲盛和夫氏が25年前からボランティアで中小企業の若手経営者に指導する経営塾です。
今回は塾生の50%を越える2、552名が参加し2日間、熱気の中で勉強させて頂きました。
今後、日本の経済が厳しさを増すと予想されますが、稲盛塾長は「努力、謙虚、反省、感謝、利他」の大切さを話されました。
お話の中での基本は、経営者が人間としてどう生きるかが大事であると。
毎年参加していますが、今回も自分がいかに人間的に成長していないかを、痛切に感じた次第です。
来年の全国大会までに社員、地域社会との関わりを通じて努力し、半歩でも前進したいものです。